JD.LEAGUE/チェアマン 島田利正

左から) ショウエミリ、島田利正JD.LEAGUE チェアマン、梨子本朱里(※撮影時のみマスクを外しています)

取材・撮影)球活アンバサダーメンバー(梨子本朱里、ショウエミリ、薮田彩、柴村典花、佐藤実桜)

日本国内の“ソフトボール”競技人口は約17万人。実業団、学生、そしてソフトボールが生涯スポーツとしての一面を持つことからシニア世代の競技者も多い。そんな日本のソフトボールを、ここまで普及させ礎を築いてきたリーグの1つが1968年に産声を上げた“日本女子ソフトボールリーグ”。半世紀を超える、その歴史の中で多くの苦難を乗り越えながらも、国内最高峰のリーグとして、ハイレベルな戦いを繰り広げてきた。そして国際舞台での活躍、2008年 北京オリンピックで世界一、昨年2021年には東京オリンピックで2つめの金メダルを獲得したことは国民の誰もが知るところ。
この日本女子ソフトボールリーグが今年の春から“JD.LEAGUE”として生まれ変わる。ソフトボールの認知度アップなど、大きな変革を成す中心人物が島田利正チェアマン。プロ野球“北海道日本ハムファイターズ”で常務取締役球団代表など歴任され、多くの改革を実施、人気球団に変えた手腕に注目が。そもそも島田チェアマンとはどんな方なのか? その人となり、そして今後の女子ソフトボールがどう変わっていくのか? 等など気になることをインタビューさせていただきました。

ショウエミリ
(以下、ショウ)
本日はよろしくお願い致します。まず始めに島田様のパーソナルな質問からさせて下さい。高校まで12年間、アメリカン・スクールへ通われていたそうですが、アメリカンスクール時代、どんな部活、スポーツをされていましたか? 部活で野球などは?
島田利正チェアマン
(以下、島田チェアマン)
実は野球はしていなかったんですよ。ずっとサッカーをやっていました。
ショウ
そうなんですか?
島田チェアマン
足がはやかったのでポジションはウィング、ドリブルでサイドを突破とかしていました。高校に入学してからは、少しだけアメフトをしました。だから、まったく野球はしていなかったんですよ。
ショウ
学生時代、テレビや球場で野球を観戦したことはありましたか?
島田チェアマン
もちろん、ありました! おやじが野球が好きで、中でも巨人ファンだったので一緒に観戦していました。あと知り合いのコックさんのお店に、よく巨人の選手が来ていたことから試合の観戦チケットをもらうことができて、そのお店の子(友達)と一緒に球場へも観戦に行っていました。
梨子本朱里
(以下、梨子本)
次は私から質問をさせて下さい。学生時代、将来の進路を悩まれていたとき先輩から“通訳の仕事をやらないか”と誘われたと聞きましたが。
島田チェアマン
そうです。“おまえもやらないか?”と言われて、気軽にうけてしまいました。
梨子本
そしてファイターズに入ってから渉外や、外国人選手の視察やスカウトを経験され、さらにメジャーリーグ傘下の教育リーグにも参加されていたんですよね?
島田チェアマン
そうです。毎年、ニューヨーク・ヤンキースへ研修で行かせてもらっていました。そのときにヒルマンさん(のちに2003年~2007年まで日ハム監督)に出会って…その研修というのがフロリダでやっていたのですが、常に会議をやっていてヒルマンさんに“何の会議をしているの?”と聞いたことがありました。
梨子本
どんな会議だったんですか?
島田チェアマン
メジャーの場合、メジャーリーグの選手になるまで3A、2Aなどの下部組織があるのですが、そういった全体のスタッフが全て集まって“1人の選手をどのように育てるか? どうしたらいいのか?”ということをシステムでやっているというんですよ。
ショウ
えっ、当時の日本球界ではなかなかありえないシステムですね?
島田チェアマン
私もこれを聞いたとき、(日本の球団システムが)このままではいけないなと思いました。当時、日本のシステムは全て監督が決める、選手の育て方なども全権を監督が持っているというものだったから。
梨子本
そうなると、監督が変わってしまうと…
島田チェアマン
そう、例えば監督が1年で変わってしまうことがあったら、選手も球団も不幸なことになるので…このままではいけないと、とても危機感を持ちました。
梨子本
危機感といえば、東京で観客動員に苦戦され、チームも思うように勝てない頃、東京から北海道への本拠地移転をうったえられたのが島田様だと聞いたことがあるのですが。
島田チェアマン
本拠地移転をうったえた、というか…私が“チームを改革しなくては”という趣旨のレポートを書いただけなんですけど(笑)。そのレポートをたまたま当時の本社 社長の目にとまって、呼ばれたんですよ。
ショウ
社長様からの呼び出し、それはドキドキしますね?
島田チェアマン
ドキドキもしたけど、それもよりも危機感の方がまさっていたから。社長に直接“このままだと球団がダメになりますよ”と言わせていただいたんです。でもね、実は私の知らないところで既に改革案が進んでいたらしんだよね(笑)
梨子本
ということは、既にある程度、移転する方向にあったということですよね?
島田チェアマン
そういうことだよね。だから既に進めていた改革案と、私が提出した改革案が合致したから“じゃあ、この改革はおまえがやれ”ってことに。
梨子本
2002年に移転準備室に配属となり、チーム統括本部長、球団代表として“新生ファイターズ”の礎を築かれました。そして観客数の増加、チームも強くなりました。
島田チェアマン
そうですね、移転の準備は大変でしたが、やってよかったと思っています。
ショウ
ここまで軌道にのせるため、今、考えてみると、このときは大変だった、もしくは“もう無理かも”と思われたできごとなどを教えて下さい。
島田チェアマン
本当に大変だったけど、無理かもってことはなかったですね。ともかく“こうしてみたい、こんなように変えてみたい”という構想が次々と生まれてきたので、どうしたら実現できるか、そのことを考えるのに精一杯でした。
ショウ
改革って、どうしてもこれまでの慣習なども含めて変えるとなると反対意見も、かなりでてきますよね?
島田チェアマン
反対意見は、やはりありました。だからと言って“ダメかも”と思わないのは私が鈍感なのかな(笑)
梨子本
いえ、それは意思の強さが成せることだと思います。島田様は、この改革を無事に成功された後、2012年には侍ジャパン・プロジェクト委員会の委員長も兼任されました。同じ野球でありながら、球団改革とは異なり“侍ジャパン”立ち上げで、ご苦労された部分とは?
島田チェアマン
う~ん、実はね、私個人としては“侍ジャパン”の国際試合、反対だったんです。
ショウ
えっ、侍ジャパンが国際試合することを…
島田チェアマン
そうです。ともかく侍ジャパンというチームを強くしたい! そのことを最優先にしたかったので、シーズンオフに実施する国際試合が、じゃまだったんです。
梨子本
確かにチームを強くする、それを一番にと考えれば、そういう思いもあるかもしれませんが…
島田チェアマン
国際試合をやっている暇なんてないよ、それが私の当初の考えだったんです。でも英語ができるからメジャーとの交渉も、という要素も含めて私が委員長に選任されたんだろうとも考えました。実際、委員長になってみると国際試合のすべてを否定するのではなく、国際試合の必要な部分も見えてきて…
梨子本
それで、これまで通りに国際試合をされることに?
島田チェアマン
いや、これまでの通りの国際試合の取り組み方ではなく、国際試合があるときだけ侍ジャパンというチームを作るのではなく、チームを作る上でも侍ジャパンの監督を1~2年なり決めて、チームを強くする必要があると…考えるように。
ショウ
そうなると各選手、そして何よりも各球団側からの理解がポイントになるように思いますが?
島田チェアマン
そうなんです、球団側の理解を得られるための交渉、これに時間をかなり費やしましたね。苦労というよりも、これは球団に関わっている側の立場もわかる自分と、一方で侍ジャパンというチームを強くしたという自分のこだわりでもあったので苦労ではなかったです。
梨子本
このように多くの改革を具現化されてきた島田様に、JD.LEAGUE(以下、JDリーグ)からお話しがあったとき、どのようなことを思われましたか?
島田チェアマン
お話しをいただいたとき、とても興味がありましたし、またスポーツに関われるということが自分の中では大切でした。実は他にも仕事の話しがあったのですが、それはスポーツの仕事ではありませんでした。だからこそ、スポーツにたずさわることができる、そういう仕事につけるってことが嬉しかったです。実際に(日本ソフトボール協会の)徳田会長、宇津木副会長ともお話しをしたのですが、ソフトボール界に対する危機感などが、とても伝わってきたんです。そしてトップの方が、ここまで危機感をもっているのであれば、変えること、改革することができるとも思ったんです。
ショウ
島田様は、まずJDリーグで何から手掛けたいとお考えですか? もしくはどんな部分を改革していきたいですか?
島田チェアマン
う~ん、まずはチームなども含めて全体の意識改革と、構造改革をする必要があると思っています。
ショウ
それはファイターズのときも、そうであったように、ということですよね?
島田チェアマン
そうです、ファイターズのときも、変えることが目的なのではない、でも変えるべきところが必ずあるとの考えでした。変えるべきことがあると、どこかで思うから危機感も生まれると思うんです。今までの歴史の中で今があるけど、今からさらに前へ進み、積み上げていくためには、変える必要のあることって必ずあると思います。
ショウ
変えるとなると、やはりまた理解を求めることが重要になりますね?
島田チェアマン
必ず変えなきゃならない、そこの部分への理解を求めることが一番大変だと思いますし、そこの変化への意識をもつことも必要になってきます。構造改革をするとき、組織としてのあり方も少しづつ変わっていく必要があると思います。
梨子本
1968年に産声を上げた“日本女子ソフトボールリーグ”。国内最高峰のリーグとして長年、ハイレベルな戦いを繰り広げてきた一方で、観客動員には課題があったようですが…ここも意識改革、構造改革という部分では重要な案件かと思います。島田様の構想を聞かせていただけますでしょうか?
島田チェアマン
もともとが実業団スポーツなので、そこまで集客に対して意識があったのではないのかな、と思っています。それがいいとか、云々ではなく仕方のないことだとも思っています。ただ今後のあり方として、今まで通りの“実業団スポーツ”ではあるんだけど、リーグとしては“プロスポーツ”になっていく上で、やはり“ソフトボールを、今の子供たちにやってもらえるスポーツになってもらう”ことも考え、リーグ自体が変わって盛り上がっていく必要があると思います。
ショウ
目先のことだけではなく、数年先まで考えたとき、やはり子供たちもやってみたいと思えるスポーツになってもらうってことは、私たちも重要だと感じていたことではあります。
島田チェアマン
そうですよね、子供たちが“あのリーグでやりたい、活躍してみたい”そう思ってもらえるリーグにしていくことも大切なことです。我々リーグの普及活動としても、この部分は重要な柱だと思っています。一般的な普及活動として、例えば選手が子供たちに指導するということもあるんですけど、子供たちにソフトボールをやって欲しいとリーグとして構想するなら、そういう“ソフトボールをやってみたくなるリーグを作る”ことも重要です。(子供たちが)目指すものがないのに“ソフトボールをやって欲しい”というのもヘンな話しなので。リーグをしっかりと作り上げることで、そこで活躍する選手が生まれて、その選手が子供たちのところへ行けば、より喜んでももらえると考えています。
梨子本
私は幼稚園生などにキャッチボール体験をしてもらう“キッズボールパーク”などに、何度も参加させていただきましたが、毎回、子供たちの瞳が、どんどんキラキラしていくのがわかります。子供たちにソフトボールを体験してもらう、ということも今後、お考えでしょうか?
島田チェアマン
もちろんです。地域ということを考えるのも大切、その上で学校訪問や子供たちと関わっていくということをしていかなくては。原石を探すというよりも、ソフトボールの魅力を広めるという意味でも幼稚園や各学校を訪問していきたいですね。
ショウ
先程もお話しがありましたが、活躍する選手が生まれて、その選手が子供たちのところへ行けば、より喜んでももらえる、ということですよね。
島田チェアマン
そうです。これはファイターズのときに経験したことで、北海道に移転したばかりの頃、選手が訪問しても、それなりに喜んでもらえても…ということがあったんです。やはりファイターズが活躍して、盛り上がっていき、選手の知名度もあがってから訪問した方が、より盛り上がっていたんです。だからこそ、まずはリーグを盛り上げていきたいです。
梨子本
次の質問ですが、ソフトボール版MLB構想、日本初(発) 世界No1リーグというのは、凄い構想だと思っています。世界中の代表選手クラスがJDリーグでプレイしてくれるというのは、ワクワクがあります。
島田チェアマン
実は既に世界一のリーグはできあがっていると思っているんです。例えば他のスポーツの場合、アメリカのメジャーへ行ってしまったり、欧州のリーグへ選手が行ってしまうのですが、ソフトボールの場合、世界中の名だたる選手が日本のリーグに来て活躍しているんです。
梨子本
なるほど、確かに既に国際舞台で活躍する海外の選手もプレイしていますね。
島田チェアマン
例えば昨年の東京オリンピックで活躍していた海外の有名な選手が8名も、既に日本のリーグでプレイしているんです。
梨子本
あの有名なアボット選手がトヨタ自動車女子ソフトボール部にいることは、私の周囲の友人でも何となく知ってはいるようでしたが…他の選手となる一般的に、どうかな?というのはあるかもしれません。
島田チェアマン
あのアボット選手が、日本で活躍していることさえ知らない日本人が多いことが、リーグとしての課題なんです。それをどうしたら発信できるか? 既に世界一のリーグなんだよ、ということの伝え方も大切だと思っています。
ショウ
アリソン・カルダ投手など魅力的な選手が多く活躍するリーグであること、いろいろな方法で伝えていきたいです。
梨子本
JDリーグのロゴですが、ソフトボールのフィールドのダイヤモンド型と、女性アスリートとして宝石のダイヤモンドをイメージされたデザインということで、宝石のダイヤモンドと連動した質問をさせて下さい。宝石のダイヤモンドですが、光の当て方、台座のデザインなど“見せ方”が重要なのですが、JDリーグの見せ方、魅力のアピール方法として、どういうことをお考えでしょうか?
島田チェアマン
上野選手のように既に光り輝くダイヤモンドのような選手もいれば、まだ宝石の原石という選手がいると思っています。むしろ、完全にカットされたダイヤモンドの選手の方が少ないのでは…ダイヤの原石に近い選手のみなさんを、私たちリーグがどのようにカット、更に磨いて輝かせるのか?リーグの重要な案件だと思っています。
ショウ
発信の仕方が、ということもお話しされていましたが、例えばSNSなども活用しながら“見せ方”を展開されるお考えでしょうか? 既に多くの選手がSNSを活用されてもいるようですが。
島田チェアマン
選手のみなさんにはSNSの活用もしてもらっています。ただSNSの難しい部分もあるので、そこは教育をしていきながら、アピールコンテンツとして運用はしたいと思っています。こういう部分も、お二人には協力してもらいながらやってみたいですね。
梨子本
ありがとうございます、がんばります。既にJDリーグさんのYouTubeなど拝見させていただきながら勉強させていただいています。
島田チェアマン
JDリーグのホームページも、SNSも新しくなったので是非とも多くのみなさんに見ていただきたいです。
ショウ
これまで、いろいろと質問させていただきましたが他にJDリーグの見どころがありましたら教えて下さい。
島田チェアマン
ともかく各選手の笑顔!
ショウ
たしかにとても素敵だと思っています。
島田チェアマン
各選手、ともかく個性があるんですよ。笑顔と個性というのは価値がありますし、ソフトボールを盛り上げるために大切なことで可能性を感じさせてくれます。
梨子本
世界最強リーグを目指して女子ソフトボール新リーグ“JD.LEAGUE”がスタートします。開幕戦は今年3月28日にZOZOマリンスタジアム(千葉)、楽しみにしています。
島田チェアマン
開幕戦はビックカメラ高崎とトヨタ自動車という“2強”が対戦します。是非、観に来てくださいね。
ショウ
ありがとうございます。応援にいきます! この開幕戦ですが月曜日、それも夜の開催なので驚きました。ソフトボールの試合は昼間の明るい時間帯というイメージがあったので。
島田チェアマン
我々リーグとしては野球ファンもターゲットのひとつとして考えています。プロ野球の試合が開催されない月曜日に、JDリーグの試合を開催することで野球ファンも観客として観てもらいたいです。
梨子本
ショウ
これからもJDリーグが盛り上がるように応援を続けていきます!
島田チェアマン
まずは球場で観戦してもらえる魅力あるリーグにしていきます。ソフトボールの競技人口も増やすことも大切、子どもたちから憧れのリーグにしたいので、これからも応援してください。

【編集後記】

ソフトボールの魅力を知ってもらいたい、ワクワクする試合を観てもらいたい、才能ある優れた選手の凄さを体感して欲しい等など、これらのことを実現させるためならば、これからも改革を進めると島田チェアマンはインタビューの後、話されていました。
野球の塁間が約27mなのに対して、ソフトボールの塁間は約18m。内野への凡打でも守備が処理をまちがえれば即セーフに。盗塁のしかけやすさ、それを阻止しようとするキャッチャーの肩の強さ、こうした目が離せないスピード感もソフトボールの魅力だとも島田チェアマンは話されていました。実際にソフトボールを球場で観戦するとスピード感、迫力の凄いことを実感します。
1968年から数々の名試合を繰り広げてきた“日本女子ソフトボールリーグ”、多くのレジェンドも誕生してきました。その系譜の中で、昨年は東京オリンピックで 13年越しの連覇を成し遂げた女子ソフトボール日本代表の選手。その選手たちは世界一に輝いた選手であり、他にも世界の舞台で活躍した多くの選手が激突するのがJD.LEAGUE。いよいよ新たなステージの開幕! 是非とも、試合会場で観戦してみて下さい。

【PROFILE】

Japan Diamond Softball LEAGUE
代表理事兼チェアマン
島田 利正(しまだ としまさ)
1955年6月16日、東京生まれ
経歴:
2004年~ 株式会社北海道日本ハムファイターズ 執行役員球団戦略室室長、チーム統括本部長、常務取締役球団代表等を歴任。
2018年~ 株式会社北海道ボールパーク取締役 就任
2020年9月 一般社団法人 日本ソフトボールリーグ機構 常任理事 就任
2021年3月 一般社団法人 日本ソフトボールリーグ機構 代表理事 兼 チェアマン 就任

【JD.LEAGUEとは?】

取材:2021年12月