ボールを「投げる」ことで子どもの運動能力は発達します。


スポーツ障害予防を専門としつつ、障害発生メカニズムや運動動作分析(特に野球動作バイオメカニクス)の研究を行う事で、
アスレティックリハビリテーション臨床現場で有効なエビデンスベース処方の実践と、
現場における障害予防教育の普及に取り組まれる小山先生。

若年層の運動能力・体力の低下を危惧し、運動指導法の検証、心身の健康調査や、
少子高齢化社会へ向けての健康教育に関する研究も行われています。


球活を通して「投げる」行為から子どもの発育への影響を考えます。


子どもの運動能力を高める「投球」

ボールを投げるという投球運動は、人間に必要な基礎運動の一つですが、フィジカルリテラシーといって、人間が獲得するべき身体技能で、子どものうちに習熟度を高めるべき運動としてとても重要です。投げるという動作は複雑で、片足立ちや上半身のひねりができないと上手く投げられません。投げる運動ができるようになると、たとえば跳び箱のように走る、飛ぶといった運動も発達します。詳しく言うと、運動中に体の姿勢のバランスをとったり、機敏に巧みに動いたりする「協調性」と、手足を巧みに動かす「巧緻性」が身につき、さらに、どれくらいのスピードで走ってどのタイミングで手を使えばいいのかといった「空間認知能力」の習得にもつながってきます。自動車や自転車が向かってくるスピードを認知するのも、ボールを投げる運動をやった子とやらない子では差が出ます。

「つかむ」ことが脳を刺激する

生後2か月までは不随意運動であったにぎる運動は、その後、生後6ヵ月ほどで母指を使って上手にモノをつかむようになりますし、18ヵ月頃になればテーブルの上の食べ物を投げるなど、つかむ感覚が発達して上から投げる動作が見られます。ボールをつかむようになると「重さ」がわかり、このくらいの重さならこうつかもうと学習します。つまり、成長段階でボールをつかんだり、投げることで脳が刺激され、思考や認知能力が発達するのです。


投げ方が上手くなる「的当てゲーム」とは

未就学児では自由に体を動かして遊ばせるのが一番適しています。私が未就学児を集めたイベントをやるときは、いろいろな種類のボールを用意しておいて、どのボールを投げてもいい状態にします。そうするとボールの形や重さにあわせてどう投げるか、自分で考えます。また、足跡を付けたマットを用意して、投げる写真を見せるとそれを真似て投げ始めます。お父さんやお母さんがやってみせるのもいいです。未就学児の脳は楽しいことしか学習しないし、楽しくなければ上達しないので、まず、ボール投げは楽しいと思ってもらうことが大切です。広い運動場でやると、解放される感覚が増して、ますます楽しくなります。 3歳ぐらいの投球動作は、そのままポイッと投げるいわゆる手投げです。「的当てゲーム」では、的を上の方に設定すると、手投げでは届かないので自然に体をひねるようになります。環境や条件を変えて、ゲーム感覚で指導すると投げ方も上手くなります。6歳ごろになると片足を上げて前へステップしながら全身で投げられるようになります。

「投げる」「捕る」ができれば「打てる」

投球運動の発達には、未就学時期にボール運動を経験しているかどうかが影響するし、さらに小学生の時期に投球能力があるかないかで、さまざまな運動やスポーツへの参加にも影響します。小学校入学時点でボールを投げたり、捕ったりできなければ野球はやらないかもしれません。野球は投げる、捕るに加えて、打つができる必要があり、打つ動作が一番難しいからです。空間認知能力がないと打つことができません。しっかり投げて、捕ることができれば打つこともできます。ですから、キャッチボールを繰り返してボールに慣れておく必要があります。


上手い人の投球動作を見るのは効果的な学習

外遊びよりもゲームなどの室内遊びが増え、遊び場も減っていますね。昔はお兄ちゃんやお姉ちゃんたちのキャッチボールを見て、真似ることができましたが、少子化でそういう機会も少なくなりました。だからと言ってあきらめるのではなく、ボールを使って遊ぶ機会を多くつくってあげたいです。上手い人の投球動作を見るのは効果的な学習になるので、テレビでプロ野球や高校野球を見せるだけでも違ってきます。散歩がてら少年野球を見せてもいいですね。少年・少女たちのかっこいいユニフォーム姿を見て、自分もやってみたいと思うかもしれません。 ところで、私はよく子どものお母さんから「うちの子は運動神経がない。遺伝でしょうか?」といった質問を受けます。そんなことはありません。野球やスポーツを見せていないし、母親のほうに苦手意識があって一緒にキャッチボールをやっていないだけです。お母さんだけでなく、お父さんも含めて、人生にスポーツを積極的に取り込んでいこうという姿勢を持たないと子どもの運動能力は上がりません。家にボールが転がっている状況をつくってほしいと思います。

子どもは自ら考えて工夫する

目の前の子どもの脳が発達しているかどうか、頭の中を覗くことはできませんが、ずっと子どもの様子を見ていれば、体の動き方の変化がわかります。体が変わると話し方も変わってきます。それは脳が発達している証拠です。とはいえ、子どもの様子を見るだけではなく、投げられるようになった状態を“見抜いて”子どもを褒めることが重要です。そうすると、子どもは「これでいいんだ、ボクは間違っていないんだ」と思います。ボールはいきなり的に当たるものではありませんから、目標にたどりつくまで変化を見抜いてステップアップさせていくのです。結果だけに注目して「うちの子は全然できません」と親は言いますが、過程に注目すると少しずつできるように変わっているし、子どもは自分で考えて工夫しています。そこを見抜いてほしいですね。そうして、親が安心すると「ボクは大丈夫なんだ」と思うし、そうした安心感の中で難しいことにトライしていって、最終的に目標にたどりつけばいいと思います。


野球が広がると国が発展する?!

私は小学校4年生から野球をやってきました。いろいろなことを学び、スポーツ障害予防の勉強をしようと思ったのも野球がきっかけです。他のボール競技にない最大の特徴は、野球は手を使い小さなボールを巧みに操作するスポーツだということです。「手は外部の脳」と言われるほど、手や指先には神経細胞が多く集まっています。手を使うことで脳が刺激され、運動や感覚器官、さらに知力も鍛えられます。野球のような複雑なスポーツに取り組むと、特に脳の前頭前野が活発に働き、協調性、判断力、思考力など、人間が人間らしく考えたり創造したりする部分が成長します。ボールをつかんだり、投げるという動作は手の細かい動きが必要です。人間が投げることによって獲得するものは計り知れません。 たとえば、アメリカ合衆国は、野球を始め、アメリカンフットボールやバスケットボールといった手を使ったスポーツが盛んに行われています。野球については、南北戦争中に野球を始めた兵士たちが、戦争終了後に地元に野球を持ち帰ったことから全米に広がったと言われます。これは私の想像なのですが、アメリカは、手を使ったスポーツが普及したことで、世界で最も繁栄した国になれたのではないか。手でボールを操ることで、人の思考力や体の協調性が発達し、人と人の協調性も発達したのではないか、そう思えてなりません。野球などのボールを使ったチームスポーツの拡大が近代アメリカの文化、経済、政治に大きく影響してきたことは周知の事実です。

野球は一生楽しめるスポーツ

野球は技術のスポーツなので、小学生のリトルリーグや野球の有名高校で長年やっていけば確実に上手くなります。一方、サッカーやラグビーはフィジカルなスポーツなので、足が速かったり、体格が良く、体が強くないと続けられないスポーツです。野球は体が小さい子でもポジション次第で輝けるし、技術を磨けば誰でもスターになれるスポーツなんです。それに、野球をやっていれば、非常に高いアイハンドコーディネーション力が養われますので、体育の授業や他のスポーツ競技、レクレーションを楽しむのにも役立ちます。大人になってから、生涯スポーツと関わり、心も体もいきいきと生活するためにも、野球は推奨されます。 70や80歳過ぎても現役で野球やソフトボールを楽しんでいる方も沢山いらっしゃいますし、本当に一生楽しめるスポーツです。土や芝の香り、グローブの革の匂い、バッターボックスで聞こえてくる仲間からの声援、自然を感受しながら利他を重んずるこの素晴らしいスポーツを、大切な人とのキャッチボールを、多くの方が出会い、親しんでもらいたいと思います。


<Profile> 立正大学特任講師 小山 啓太

立正大学法学部卒、エンポリア州立大学大学院スポーツ医学課程修了、セントラルミシガン大学大学院運動科学専攻課程修了。米国公認アスレティック・トレーナー(BOC-ATC)。現在の研究はスポーツ医科学(スポーツ障害予防、野球バイオメカニクス)。主な著書として、『現代社会のスポーツ総合学Ⅰ』(成文堂、2012年)、『野球選手の肉体改造』(ベースボールマガジン社、2014年)、『スポーツ障害の対処』(ベースボールクリニック月刊連載中)など。


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小山先生の活動「幼児・小学生が集まって、野球の楽しさを体験」

小山先生を取材した日(2017年3月25日)は、西武ライオンズによる「ライオンズベースボールスクール」(幼児・小学生を対象とした「こども野球教室」)が開催されました。当日は立正大学グラウンドに約50名の幼児・小学生が集まり、西武ライオンズの平尾コーチ、宮田コーチの指導のもと、投げる・捕る・打つといった野球の基本動作を学びました。
グラウンドの脇には、小山先生が監修するボール遊びコーナーを設置し、大小様々なボールを使って子どもたちに遊んでもらいました。親子でのボール遊びが、子どもの運動能力の向上にとても重要であることを理解いただくとともに、楽しいゲームで野球のチームプレーの大切さなどを体験しました。